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流星群 続き

再びこんにちは
小鈴@Rosaceaeです

今から帰省なので、更新しておきます。
ひとつ前の記事の注意書きを読んでくださいね。

みなさまよいお年を!

 

「へっくしゅん、――って絳攸酷いなぁ」

 盛大なくしゃみをした楸瑛は、あからさまに距離をとった絳攸を笑う。今日は久々に士官学校の同期の会合があった。卒業して五年。互いに忙しくなり、全員が顔をそろえる事も難しくなってきた。それでも楸瑛が声をかければ、なんとか顔だけでも出してくれるものが多いのは嬉しい事である。

最初の店を出てから、二軒ばかりはしごをしたあと、酔い覚ましに少し歩こうと言ったのは絳攸だった。それなのに、心配するどころか、如何にも伝染してくれるなと言わんばかりの態度をとられれば、多少むくれてみたくもなる。

「安心しろ。お前は馬鹿だから風邪をひく事は、無い。絶対に」

 絳攸の言葉に抗議の視線を送ってみたものの、あっさりと切って捨てられて、それでも楸瑛も食い下がる。

「ちょっと、いくらなんでも酷過ぎるよ。それに、私が風邪をひかないなら離れる必要は無いじゃないか」

「馬鹿がうつったら困るからな」

「……はは、そう」

 心の中にまで北風が吹きこんで来たようだと思いながら、それ以上の反論をやめて、楸瑛は空を仰ぐ。冬の澄んだ空気に、星空との距離が縮まったかのように錯覚し思わず足を止めると、数歩先で絳攸も立ち止まる。

 ただ無言で見上げた夜空に、一筋の光が走った。そういえば、昨日あたりから流星群だと言っていたか。

 降るような星の下、言葉も無く吸い込まれる様にして立ち尽くす。

 瞬きながら流れる星は、手を伸ばせばこの掌の中にも舞い降りそうで思わず右の腕が動く。けれど掴める筈も無く、当然のようにただ空を掻いただけで、自らの滑稽さに笑いがこみ上げた。

 その声にこちらを向き直った絳攸の目は不思議なものを見る目で、その事に楸瑛は何故だか安堵してまた笑った。

 触れられなくとも、側にいられるならそれでいい。

 あの夜の絳攸は、雪のように儚く消えてしまいそうだった。もちろん、次の朝には何事も無かったように士官の顔に戻っていたけれど、それでも楸瑛は彼女の背中を見るたびにそこに張りつめたものを感じずには居られなかった。

 きみは怒っているほうがいい。涙を流したきみは、自らの涙で溶けて消えてしまいそうだったから。そんなことを言ったら、きみはもっと呆れた顔をするだろうけれど。

 それでも思わずにはいられない。

 きみは怒っているほうがいい。怒っているきみは、確かにいのちの温もりを感じさせるから。

 君のために星を掴まえるだなんて、大それたことを言うつもりはない。だけど、星を見つめるきみの体が冷えてしまわない様に、そのくらいなら私にも何かできると思うから。だから、きみの側に立つことくらい許して欲しい。星に手を伸ばすようだと言ったきみなら、この想いまで否定はしないでいてくれるだろう?

 そんなことを考えていると不意に頬を掴まれて我に帰る。

「……こうゆう、いひゃいよ」

「楸瑛。お前の取り柄は顔くらいしかないんだから、情けない顔はするな。何か悩みがあるなら聞いてやるくらいは、私にもできるから。お前がそんな顔をするという事は、何か悩みでもあるんだろう?」

 鈍い様で聡いのか、聡いようで鈍いのか、絳攸はどちらに当てはまるのだろうとぼんやりと思った。きみの事を考えていたと言ったら、絳攸はどうするだろう? きっと目を吊り上げて馬鹿って言って、そして、明日には忘れてしまうのだろう。そんなことを考えて返事を出来ずにいると、それを「きみには話せない」という意味に捉えたのか、絳攸は「もういい」と言って歩き始めた。

 その背中に浮かんだものが、怒りよりも寂しさのような気がして慌てて追いかける。

 すると、その足音に気付いた絳攸が振り返って言った。

「いいか、今から私は一人で帰る。お前と歩いているわけじゃない。――だから私が何か言っても、それは全部一人ごとだからな」

 突然の言葉に訳も分からずただ頷き、自分よりも歩幅の小さな彼女に追いつかない様に気をつけて歩を進める。

「お前は私の言葉を笑わなかっただろう。星に手を伸ばすみたいだって言っても。お前が笑わずに聞いてくれたこと、私は嬉しかった。お前が覚えていなくても、私は覚えている。あの時私は思ったんだ。お前が何かを悩む事があっても、私には何もできないかもしれないけれど、でも、聞いてやるくらいはできる。だから、聞いてやるくらいはしようって。もちろん、お前なら話す相手はいくらでもいるだろうけど。でも、そんな顔をするくらいなら私にも少し話せよ。お前のそんな顔を見たら、こっちまで調子が狂う」

 絳攸が先を歩いてくれていてよかったと思った。弛んだ頬を見られたくはない。

 あの夜の些細な出来事を、彼女は覚えていたのだ。喜びで声が震えそうになるのを何とか抑えて漸く、「心強いね」と言ったのにまた「真剣に話しているんだから、真剣に聞け」と怒られた。

 ああやっぱりきみは怒っているほうがいい。そうやって怒ってくれる事がどれだけ私の心を温かくさせるか、きみは知らないだろうけれど。

 冬は嫌いだった。心の奥にそっと隠しておきたいような醜い気持ちまでも、白日の下にさらされてしまうような気がして。

 だけど、今は、冬も悪くないという気がしている。冷たい空気はその分だけ、二人でいる暖かさを教えてくれるように思えるから。

 流れる星と絳攸の背中とを交互に見ながら、楸瑛はただ歩くのだった。

【了】

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